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24h

やっちゃった/般若

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22時間、寝ていました。

休みがーーー!!!一日潰れました。。、これはいよいよ、深刻な問題です。

体調は絶好調なのですが、それに割く時間が半端ないのです。

明後日、また病院で診療なので先生に相談してみます。

 

わたしのスマホのアドレス帳は、おそらく10年以上前のデータを消さずにそのままにしてあり、誕生日なども忘れないように追加してあるのですが、今日、その事例によってスマホに、ある友達のお誕生日の通知が表示されました。それは小学生の頃によく一緒に遊んでいた女の子の生誕通知で、その頃の彼女との出来事が、ありありと思い出され、わたしは今、戸惑っています。

ハッピーバースデーのメッセージを送るような手段は、メールアドレス、LINE、SNS全般、ケータイの電話番号など、どれも整ってはおらず、思いを馳せることしかできません。

彼女は、傷つきやすく、デリケートな性格でよく泣く子でした。

 

友達何人かでわたしの実家にお泊まり会をした時も、まさか、とは思いましたが、悪気はない他の友人が放った一つの笑い話で、彼女は突然うつむいてしまい、泣き出してしまいました。それは、彼女に向けた一言ではなかったのですが、彼女が当時大好きだったアーティストのことでありました。

なぜか、わたしが持っていたglobeのCDを聴こう、という話になって、 CDコンポで再生しようとしたところ、盤に傷が付いていてひどく音飛びを繰り返していました。そこで、当時ウワサかTVかで見て知った対処法を試してみようということになりました。

まず、CDの裏面、傷が付いている部分にマジックインキなどの油性マーカーを塗るように書き込みます。その時はかなり、広範囲に傷が付いていたので全体を塗りました。そのあと、これは、本当に音飛びが治るのか、デマなのか、今となっては怪しい話ですが、マーカーで塗ったCDを冷蔵庫に入れ、数時間待つのです。

わたしが、ウワサを聞き違えたか、TV番組の情報を何かの記憶とごっちゃ混ぜにしてしまっていたのか、それも今となっては定かではないですが、この時は友達が自宅に来ていて、やってみよう!という気になってしまっていました。

 

数時間後。。。

TVゲームをしていたわたし達は、冷蔵庫のglobeのCDの存在をすっかり、忘れていました。別の友人がそれに気付き、みんなで冷蔵庫を見に行きました。

冷え冷えのCD...に全員、絶句。

いよいよ、再生の瞬間。

 

、、、音飛びは、曲の前半、先ほどに比べだいぶ良い感じに回復していました。そこに居合わせた友達みんなが知っている、globeのそのシングルCDは、生まれ変わり、見事に復帰した!

の、か。と、思わせておいて、、、息を飲み、耳を澄ますサビの部分で大いに事態は急展開。

まるでDJのスクラッチのように、コンポから鳴るメロディは反芻し始め、それはとどまることなく繰り返されたのです。今でいう、globeをdisっている、わけではなく、みんなそのいっさいの顛末に笑い転げました。冷蔵庫にCDをしまいこむまでして築き上げたディティールは、この最期で一気に総崩れ。笑い話に。

そこで、友人の彼女は泣き出してしまった、のです。おそらく、すごくglobeが好きだったのだろうなと思います。繊細さや、か弱さはわたしが知っている友人の中で、彼女がダントツの一位で兼ね揃えていて、図太いわたしには、それが度々、少々歯がゆくも、『彼女の主張はぜんぶわたしが汲み取って、みんなに伝えられればそれでいい。』と、小学生ながらに覚悟していたんだと思います。

 

実は、その後、彼女とはお互いが中学生になってからも交流がありました。わたしにとっても、彼女にとっても暗黒時代。わたしは、後半つぎはぎではありましたが、一応、学校に籍を置いていて、卓球部にも所属していました。

しかし、彼女は中学にはたったの一度も、自分一人では通いませんでした。彼女の不登校が続くなか、わたしは毎日、朝少し早く起きて彼女の自宅に自転車で寄って、今日はどうかな?と、顔を見に行っていました。その名の通り、『顔を見に行っていた』のでした。学校の担任の先生は、わたしに彼女をどうにか学校に連れてきてほしい、と何回もおっしゃっていましたが、わたしにとって、彼女に会える短い朝の時間が楽しかった。それに尽きていました、要は友達だからでした。

 

彼女の誕生日には、二人ともがお気に入りのケーキ屋さんでショートケーキを二つ買って、一緒にお祝いしました。わたしが個人的にハマっていた人形作りも彼女に伝授しました。ブードゥー人形で(ぇ)、彼女にわたしの作った人形を見せたら、ぜひ、自分も。と。、ALFEEの高見沢さんとX JAPANのhideさんが大好きだった彼女が、なぜ、お家に引きこもるようになってしまったのかは、彼女にしか分からない世界のお話です。ただ、わたしはとことん鈍く、小学生の時の感覚のまま、お節介にもほどがある、ほどに、『彼女の主張はぜんぶわたしが、』とこの後に及んでもまだ、考えていたのかもしれません。そうはいかなくなって、お互いに一人、ちぐはぐで、戸惑うし、分からなくなって、きっとその繰り返し。

 

彼女はわたしが知っている最後には、小学生の時からは想像がつかないぐらい、少しのことで感情を乱すようになり、自分の家族に強く、ひどい罵声を浴びせるようになりました。同時に、小さな汚れに敏感になってしまい、トイレやお風呂を誰かと共有できないことで悩んでいました。実際にわたしが見た光景で、彼女は、死んでやる、という言葉を叫びながら、ギターのシールドで自分の体を縛るフリをするようになりました。自分の要塞のような、好きなものをたくさん詰め込んだお部屋で、彼女が比較的冷静に話をしてくれる時は必ず、小学生の時の担任の先生が放った一言で、とても傷付いたというところに落ち着き、わたしはその度に、できるだけ話を遮らず、ゆっくり話を聞く態勢に入るよう努めました。わたしはその時まだ、何かのズレ、を感じ取れずにいました。

 

ある日、珍しく、わたしの自宅に彼女から電話があり、電話を切った30分後にはわたしは自転車を走らせ、彼女の自宅に向かっていました。受話器からは泣き声が漏れ、それはうまく聞き取れなかったのですが、わたしに対して不信感を抱いた彼女の挙動を推し量るのには充分な熱量が伝わってきました。当時、彼女の状況を知らずにいた友達みんなは、心配していたけれど、もう今、正確な判断すらつかない彼女にとってそれはわたしと同じ、敵、にすり替えられてしまっているのが現状でした。わたしは緊急事態とばかり思い、今となっては、わたししか彼女と面会していないことも知っていたので、急いで誤解を解いて彼女を安心させなきゃ、と焦っていました。

 

彼女の自宅に着いて、ドキドキしながらベルを鳴らすと、いつも出迎えてくれる彼女のお母さんではなく、彼女本人でした。不意打ちを食らってまだ、心の準備ができていなくて、すごく戸惑いました。今までそんなことがなかったから、言葉に詰まりました。しかし当の彼女は、先ほどの電話とは打って変わりいつもの冷静さを取り戻していて、一緒に人形作りの続きをしよう、と話していました。

 

お部屋に案内されて、いきなり、突然、彼女は何か、紙?、パンフレットのようなものを差し出したので、とっさにそれを受け取り、

『ありがとう。』という言葉が口をついて出ました。

今でもありありと、その時のことを覚えています。

彼女は、『そう!のぞみちゃん、それが大事なんだよ。』と優しい、落ち着いた声で話してくれました。

ふと、渡されたパンフレットに目をやるとそれは、何かの宗派の、宗教のパンフレットでした。わたしはその日から、彼女の自宅に通うことを断念しました。

 

今日は彼女の誕生日で、ショートケーキは一緒に食べれないし、お人形作りももうできそうにないです。でも彼女は確かに、産まれて30年が経った。わたしは彼女の笑った声や、一緒にこなした放送委員の仕事や、隣どうしに列んで臨んだ席替え、彼女のお母さんの出してくれたジュースの甘さ、それらが好きでした。

 

長くなってしまいましたが、ここ最近、記事をまとめる時間がなく、(寝てただけ)やっとupできそうなので、書きました。

ハッピーじゃなくていい。バースディだね、と話して、彼女の笑い声をもう一度だけ、聞きたくなりました。